「…さぁ、起動させるんだぞ」
アルフレッドは取扱説明書を片手にロイドを起動させた。
しばらくして、ゆっくりとロイドは閉じていた瞳を開けた。髪と同じ黒い瞳は誰かを彷彿とさせる。
「はじめまして、我が主…」
ゆっくりと話すのはまだ起動している最中だからだろうか。小さなその体に無限の可能性を秘めていると思うと、アルフレッドは大声で叫びだしたい気分だった。
「主の名前を教えてください」
にっこりと微笑みながらロイドはアルフレッドに言う。会話は滞りなく出来ている。初期段階はクリア、というところか。
「アルフレッド…。君の名は?」
「キク、と申します。我が主はアルフレッド…」
そう言うとキクは静かに瞳を閉じた。そしてゆっくりと瞳を開けると深々とお辞儀をした。
「改めまして、我が主。私はロイド試作タイプR―VO Ver.キクと申します。本日より六十日間で試作期間は終了となります。期間終了時には私は本社に回収されます。短い間ですが、それまでの期間どうぞ、よろしく」
にっこりと微笑んでキクは言った。
少しハスキーな落ち着いた声は容姿だけ見れば意外に思う。けれど、性格もどうやら落ち着いているのだろう。ロイド…キクは自分の置かれている状況を判断すべく、ゆっくりと周囲を見回した。
「…ここは、日本ではありませんね」
「すごいな、そんなことまでわかるのかい?」
アルフレッドが日本在住ではないという確証は一体どこで得たのだろうか。興味津津にアルフレッドはキクに訪ねた。
「はい。主は靴を履いて部屋にいます。日本では有り得ません」
「少し見回しただけでそんな事が判断出来るんだね」
アルフレッドはさらに興味深くじっとキクを見つめた。少し顔を赤くしたような気がして、キクの性能の高さを改めて思い知った。
「そ、それはそうと主。私は歌うために作られています。何か歌って御覧に入れましょうか?」
「うーん…そうだなぁ…ヒップホップとか歌えるかい?」
ヒップホップという単語を聞いてキクは顔を顰めた。そして、口籠りながら「それは…ちょっと…」と言った。
「じゃあ、どんな曲が得意だい?」
「そうですね、日本の民謡とか、歌謡曲や演歌など…です」
それを聞いたアルフレッドが今度は顔を顰めた。
「流行りの曲…とかは?」
「アニソンならここ三十年分はいけますが」
その言葉を聞いたアルフレッドの青い瞳は輝いた。
「ほんとかい!?」
「はい。ですが、あまりキーの高い曲は苦手ですが…。試しに歌ってみましょうか」
そう言うとキクは二十年近く古い歌を歌いだした。その歌声は菊の声だ。全長三十センチメートルほどなのに、声量は十分すぎるほどあった。会話の時は控えめなのだろうか。歌う時だけその声量なのだろうか。アルフレッドはキクの可能性を考えると鳥肌が立った。キクの歌う声を聞きながらアルフレッドも一緒になって歌いだす。
狭いアパートの一室に二人の歌声が響きわたる。お世辞にも上手とは言い難いアルフレッドの歌声だったが、その表情がとても楽しそうで、キクは自然と笑顔になっていた。
一曲歌い終わった後でアルフレッドは、
「君はそんな風に歌って、笑うんだね」
と、微笑んだ。
それを聞いたキクは頬を赤らめぷい、と背を向けてしまった。すべての仕草はインプットされたものだとは思えないほど滑らかで精密だ。
機械だとは思えないほどに。