それが丁度、半月前の話。
 脱兎の如く自宅へと帰る準備をしたアメリカは専用ジェットの中で方手にお菓子、片手にジュース目の前にはケーキと今までの鬱憤とやり場のない感情を晴らすべく次から次に平らげていく。
 (あんな…言い方…初めてだった…)
 先程の日本を思い出して表情が曇る。八つ当たりだったのは認める。それは日本がいつも笑顔で返してくれるから。
 我儘を言っても何だかんだで丸めこまれてしまう。そんな大人の対応をしてくれていたから甘えていたのだ。
 無条件で甘やかしてくれる人をアメリカは知らない。物心ついたときから周囲は利益しか顧みない国と人間でいっぱいだった。
 そういう時代だから仕方がないと知りつつも、やはり寂しかった。その経験を経て日本と恋仲になってやっと心から甘えられる人を見つけた。
 甘えすぎたのだ、要は。
 日本の優しさや寛容さに甘え切って我儘ばかり。これでは呆れられて当然だ。
 「嫌われちゃった…かな…」
 改めて言葉にするとぽろぽろと涙は溢れ出てきて、ついには大声で泣き出してしまった。
 今更謝ろうにも飛行機はもう太平洋の真上だ。引き返すことなど出来ない。上空ではネットも、電話も出来ないのだ。
 こんなに無力な自分をアメリカは嘆いた。





 一方日本も自室のパソコンの前で溜息をついていた。
 スカイプメッセージでは次の同人誌の打ち合わせが目の前で繰り広げられている。
 何も発言しない日本に対し不思議に思ったのかフランスはチャットから通話へと切り替えた。
 「どうしたの、日本?」
 ヘッドホンから聞こえるのは徹夜明けのフランスの声だ。それでもいつもの優雅さは失ってはいない。
 「いえ、なんでも…」
 「喧嘩でもしたんでしょ」
 「…」
喧嘩というのだろうか。あの大人げない対応を。考え込んでいるとまたフランスの声が聞こえてきた。
 「喧嘩すればいいと思うけど、ダメなのかしら。それとも貴女の好きな人は思っている事を口にすることを許さない器量の小さい人なの?」
 フランスの言うことは分かる。けれど、今の日本の胸にはしっくりとこなかった。 
 「…フランスさんは大切な方と喧嘩、されますか?」
 「しょっちゅうよ。大体以心伝心なんてのは理想論よ」
 現実主義の彼女らしい返答だ。それに日本は微笑んだ。
 「じゃあ私作業に戻るから、日本もちゃんと仲直りして原稿頑張ってよね!」
 締切は待ってくれないわよ!とフランスが捨て台詞のように発言した後、通話が終了され、ヘッドホンを外すと日本は畳の上にごろんと横になった。
 「締切はまだ伸びますよー…だ…」
 ぽつりと呟いて印刷所のパンフレットを見る仕草をした。
 けれど、頭の中は先程のフランスの言葉がぐるぐると出口のない迷路のように回っている。